現代人に多く見られる筋力低下や慢性痛の背景には、「神経伝達異常」という見えにくい問題が潜んでいます。
筋出力が低下すると神経系への感覚入力が減少し、脳や脊髄の運動制御が不安定になります。
一方で、神経伝達の異常もまた、筋への運動指令を阻害し、さらなる筋出力の低下を招くなど、こうした悪循環は、慢性痛や運動障害の温床となり得ます。
さらに、私たちの姿勢を支える「姿勢保持筋」の機能低下が加わることで、身体全体のバランスは崩れ、慢性的な不調を引き起こす要因になります。
本稿では、筋出力低下と神経伝達異常の双方向性の関係、そして姿勢保持筋の重要性と慢性痛の関連性を、整骨的視点から詳しく解説します。
筋出力低下と神経伝達異常の関係性
筋出力低下と神経伝達異常は、互いに密接に関連し合い、悪循環を形成することがあります。どちらか一方が原因となってもう一方を引き起こし、慢性痛や運動機能障害などの問題につながる可能性があります。
この章では、筋出力低下と神経伝達異常の双方向的な影響について解説します。
1. 筋出力低下が神経伝達異常に及ぼす影響
筋出力の低下は、神経伝達機能にも悪影響を及ぼします。例えば、筋出力が低下すると、筋紡錘からの求心性入力(感覚情報)が減少します。これは、中枢神経系へのフィードバックが減少し、運動制御の精度が低下することにつながります。
また、筋活動の低下は、脳由来神経栄養因子(BDNF)などの神経伝達物質の産生を減少させる可能性も指摘されています。BDNFは神経細胞の成長や生存、シナプス可塑性に重要な役割を果たしており、その減少は神経伝達効率の低下につながると考えられます。
結果として、筋出力低下は神経伝達異常を悪化させ、運動機能のさらなる低下を招く可能性があります。
2. 神経伝達異常が筋出力低下に及ぼす影響
逆に、神経伝達異常も筋出力低下を引き起こす要因となります。神経伝達異常が生じると、筋への適切な運動指令が伝達されにくくなり、筋収縮の効率が低下します。例えば、神経筋接合部におけるアセチルコリンの放出や受容体の機能に異常が生じると、筋収縮の力が弱くなります。
また、中枢神経系における運動制御の障害も、筋出力低下につながる可能性があります。例えば、脳卒中や脊髄損傷などの中枢神経系の損傷は、運動神経の機能障害を引き起こし、筋出力低下を招きます。さらに、慢性疼痛は、疼痛抑制系の機能不全や中枢性感作を引き起こし、筋出力の低下につながることがあります。
疼痛を避けるための無意識的な筋の抑制や、疼痛による筋萎縮も筋出力低下に寄与します。これらのメカニズムが複雑に絡み合い、筋出力低下と神経伝達異常の悪循環を形成するのです。
この悪循環を断ち切るためには、筋出力と神経伝達機能の両方にアプローチする施術戦略が重要となります。
要因 | 影響 |
---|---|
筋出力低下 | 筋紡錘からの求心性入力減少、BDNF産生減少による神経伝達効率低下 |
神経伝達異常 | 神経筋接合部の機能異常、中枢神経系の運動制御障害、慢性疼痛による筋抑制/萎縮 |
2. 姿勢保持筋の重要性と慢性痛との関連
姿勢保持筋は、文字通り私たちの姿勢を維持するために重要な役割を果たす筋肉群です。これらの筋肉が正常に機能することで、私たちは立ったり、座ったり、歩いたりといった日常動作をスムーズに行うことができます。
しかし、デスクワークやスマートフォンの長時間使用など、現代社会の生活習慣によって姿勢保持筋が弱化したり、機能異常を起こしたりすることがあります。そして、この姿勢保持筋の機能低下が慢性痛の大きな原因となるのです。
1. 姿勢保持筋とは何か
姿勢保持筋は、主に体幹深部にあるインナーマッスルと、体幹表層部にあるアウターマッスルに分けられます。インナーマッスルには、横隔膜、腹横筋、多裂筋、骨盤底筋群などがあり、これらは体幹の安定性を保つ上で重要な役割を果たします。
一方、アウターマッスルには、腹直筋、脊柱起立筋、広背筋などがあり、主に身体を動かす際に大きな力を発揮します。これらの筋肉が協調的に働くことで、私たちは美しい姿勢を維持し、様々な動作を行うことができるのです。
筋肉の種類 | 名称 | 主な機能 |
---|---|---|
インナーマッスル | 横隔膜 | 呼吸、体幹の安定性 |
インナーマッスル | 腹横筋 | 腹圧の維持、体幹の安定性 |
インナーマッスル | 多裂筋 | 脊柱の安定性、姿勢の維持 |
インナーマッスル | 骨盤底筋群 | 骨盤の安定性、内臓の支持 |
アウターマッスル | 腹直筋 | 体幹の屈曲 |
アウターマッスル | 脊柱起立筋 | 脊柱の伸展 |
アウターマッスル | 広背筋 | 腕の伸展、内転、内旋 |
2. 姿勢保持筋の機能低下と慢性痛の発生メカニズム
姿勢保持筋が弱化すると、正しい姿勢を維持することが困難になります。例えば、猫背になると、頭が前方に突出するため、首や肩の筋肉に負担がかかり、肩こりや頭痛を引き起こす可能性があります。 また、腰が丸くなると、腰椎に負担がかかり、腰痛の原因となることもあります。 さらに、姿勢が悪くなると、身体のバランスが崩れ、特定の筋肉に過剰な負荷がかかるため、筋肉の緊張や炎症を引き起こし、慢性痛につながる可能性があります。このような姿勢の崩れは、神経伝達異常にも影響を及ぼし、痛みをより強く感じやすくなるという悪循環を生み出します。
筋肉が弱ると神経も乱れる | まとめ
筋出力と神経伝達は、単に運動機能の問題にとどまらず、慢性痛の発症や長期化にも深く関与する重要な要素です。これらは一方向の因果関係ではなく、相互に影響し合うことで悪循環を形成し、結果として「治りにくい身体の状態」を作り出してしまいます。
さらに、姿勢保持筋の機能低下はこのサイクルに拍車をかけ、身体の不安定さや過負荷を引き起こし、症状の慢性化へとつながります。
整骨的アプローチでは、筋と神経の両面に対する施術と運動指導を通じて、これらの問題に根本からアプローチすることが可能です。
痛みを一時的に緩和するのではなく、「なぜその筋力が低下し、なぜ神経伝達が乱れているのか」を明らかにし、適切に再構築していくことが、慢性痛からの真の回復への第一歩です。